金タローの脱サラ世界投資

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自己紹介~左遷-死刑宣告編

20代後半。やっとのことで入社したメーカー。いい製品をつくりたい、いい仕事をしたいという気持ちは周囲との軋轢を生むことがあります。 周りとうまくやる協調性こそが必要なスキルであり、中途半端な情熱はただ己の首をしめるのであります。

強制収容労働所

ベトナム工場が完成した。技術部のメンバーは順々に送り込まれる。

特に指示はない。軌道にのせろ、それくらい。ノートパソコンを用意してCADをインストール。国内の仕事を滞留させないため、後輩に指示を出せるように必要なデータもいれた。

準備は万端!ではなく、他にクリアすべきは1年目に僕をイジめた営業係長。先に行っているこの人が現地の初日の案内係りだ。何かしかけてくるとしたら、まずは空港に迎えをよこさない、とかしょーもないことだろう。で、やっぱり来なかった。空港でポッツーン。日が変わっちゃうよー。

で、翌日に工場へ向かった。

初日は天気が悪くどんよりとしたくもり空。既に稼働していた工場は薄暗く、もくもくと作業する現地の人々の顔に生気は感じない。

彼らの仕事の始まりは7時半。ということで7時には工場に入っている。ラジオ体操をしてから開始。7時半から働かせるって早すぎない?しかも立ちっぱなし。腰やられちゃうよ。 安い労働力を求めてやってくるのはいいけれど、植民地じゃないんだから。先進国は模範にならないといけないんじゃないの。いや逆か。競争を勝ち抜き搾取し先進国となるのか。

以前、中国工場からの荷物に落書きがしてあったのを見つけた。打倒日本帝国、と。嫌われているよ。 まるで強制収容労働所の様に感じるもの。

工場長に椅子に座らせた方が生産性あがるんじゃないかと聞いてみたが、答えは逆だった。立ってる方が生産性があがるらしい。ホンマかいな。

僕は医者が立って手術をしてることに疑問を感じる。何故座らないのか。機械を調整するときは座って肘を固定した方がいい仕事ができる。機械分野で1ミリというのはあり得ないほど大きなズレだ。肘をおくだけで手でも0.1mmくらいの微調整ができようになる。だからいい仕事をしようと思ったら、それなりの姿勢が必要だ。なのに医者は立って手術をしている。立てば足にエネルギーが必要になり、集中力が減る。無駄無駄無駄、生産性あげろ、って思うんだけど。ヤブに当たったら終わりだよ。歯医者さんは座ってるのにね。

宿泊は、上の役職者は一泊1万円くらいのホテルにとまる。僕ら末端は一泊千円のネズミが走ってる安ホテルを利用する。まぁ安いといっても現地では中堅どころ。

朝食を取るために6時前にホテルの食堂に行っても、あいていない。ホテルの従業員に尋ねると、
「セブンオクロック。」
そこそこ英語を使ってくれるので何とかやりとりはできた。

最初の1週間は朝食は無しで6時半にピックアップ。23時に部屋に戻れる。頭を洗いたいが、お湯がでない。涙もでない。

週末に朝食を買いだめするために、送迎車の中から見える食糧を買えそうなスーパーの場所を頭に叩き込む。初めての週末、他の日本人も行きたいというから連れて行った。言葉はわからないが、何とでもなった。

さすがに一月近くいると、現地の人たちと仲良くなる。勝手に僕のポケットに手を突っ込み、ハンドブックをとったりするほどに。通訳がいるときは少し深いやりとりもできる。後半はほんの少しだけど、楽しいと感じる時間もあった。生気がないって感じたのは僕が慣れない環境に怯えていたからだった。よく見ればそんなことはない。ただ、ここで年単位で暮らすのはちょっと無理かな、って思った。

密輸

海外から特殊部品が足りないと連絡が入るのはよくあること。輸出はきちんとしたプロセスを経る必要があるけど、生産ラインを止めるわけにはいかず急いでいるから闇で出荷。

最初は上司の指示だったが、いつしか休憩時間にコーヒーを入れる程度の日常になってしまっていた。 そして見つかり、実行犯の僕は聴取を受ける。

ごめんで済んだら警察いらん。知らんで済んだら税関いらん。

「あなたのやっていることは密輸です」

3人のむちゃくちゃ怖い人たち。 長時間のきついお叱りを受けた。資料をまとめ、営業部顧問が作成した反省文とともに提出し許してもらうことができた。見つかって結果的によかったと思う。

上司が嫌がるのはわかっていたからこそ、メールにccで他部署の役職者などにも事を報告し、コンプライアンスを唱えてやった。この頃は上司への感謝や尊敬の念は消え、反骨心マックス。

そんな態度だから、僕への風当たりはキツくなっていく。

そして退職へ

30歳にもなって未だ僕は半人前。机上の設計で全てうまく行けば楽チンだけど、実際はそうはいかない。同じ鉄鋼でもLOTによって仕上がりは異なるし温度や湿度の影響も受ける。時には音で判断したりすることもある。製品は生き物だ。そして業務の幅はすさまじく広く、下っ端は便利屋で設計に集中することは難しい。

コネで入社する社員は優遇され役職入社。後からきて僕を追い越していく。

上位役職者との衝突も増えて行く。

外国は出来ないことをやれますと言って後から困ることがあるけど、日本人は、出来ることを無理だと言う人が多い。試作加工の課長が、直ぐに製作を拒否するので、じゃあこうやったらできますやんか、ってな感じで見せてやったら、プライドが傷ついたんだろう。設計がやれゆーたらやるがな!ってキレた。わかってる。ゴール真近の老人達は新しいことは嫌いだ。若い僕は、軽蔑の感情もあり、じゃあやれ的な態度をとっていた。

機械設計の部長も怒らせた。上司に設計内容を説明するときは、馬鹿でもわかるように噛み砕いた分かりやすい資料にしなければならない。凄く時間の無駄な作業だがそれを省くと余計に大変だ。それでも複雑な部分はさすがに数分で把握するなど不可能。だってこっちは何日もかけて導き出した答えなんだから。そして彼は理解できずに怒り出し、好きにしろ!ってキレた。好きにさせてもらおう。

電気設計の顧問は、一番最初の僕の直属の上司。僕の機械設計のウエイトが大きくなり、離れたことに 嫉妬心をむき出しにしていた。『君は僕の部下だろ』って。ものじゃないんだよ。

状態はまさに四面楚歌。

そしてある日呼び出されて、告げられた。

「お前は役に立ってない。設計から外して検査にまわす。いつまでも日本にいられると思うな。」

ダブル死刑宣告キターー

オワタ。さらば技術開発。さらば日本。こんな言われ方ってある?

僕の様な協調性に欠ける人間は、実は周りの動きに敏感で、常にお耳はダンボ。同年代のネットワークはしっかり構築しており、社内の情報収集能力は高い。役職者達が、こそこそと密談しているのを知っていたから くるべき時が来たと、受け入れるだけのことだった。

現実は残酷だ。頑張れば報われるとは限らない。必死に尽くしても尽くすべき相手を間違えるとこうなる。 それでも同期の中では一番役に立っていると自負があった。自分の設計した製品が世界数十カ国で使われる誇りもあった。とはいえ半人前で社内政治もできない。

限界を超えて完全なキャパオーバーだったこともある。だからもしかすると、この日を待っていたのかもしれない。逃げたくて。 僕の糸は切れ、翌日に退職の意思を伝えた。

いつも知らん顔していた技術課長からの引き止めが始まる。そりゃあ便利な雑用係がいなくなったら困るわな。設計から外すと言ったのは勉強のための一時的なものだから、残ってくれと。もう次は決まっていると嘘をついて、ループするやりとりに終止符を打った。

舵は他人に握られている。僕はその船に乗るか降りるかを決めるだけ。

退職日までの引き継ぎの期間のうちに、部内の数名の昇格が決まった。 以前に社員に一斉退職されている経験があるから連鎖退職を防止したのだと思う。

この会社に未来はあるかって?ある。ザコが一人散っただけ。

だけど・・・こんな僕に仕事を与えて頂き、これまでの温かいご指導ご鞭撻、誠にありがとうございました・・・何て思うかッ!

本心の願いはこうだ。 潰れろッ!!潰れちまえッ!!神よ、こいつらに罰を与えたまえ!

そしてある女子社員が僕にお茶を配らなくなった。 わかりやすっ。 泣いてないし。泣いてないってば―。

敗者に情けは無用でございます。勝者は死体に鞭を打て!